自由について

自由について考えてみようと思った。

とうとうおかしくなった訳ではない。何かに感化された訳でもない。

暇なのだ。


今、鹿児島港に向かうフェリーの中で二等大部屋に雑魚寝をしながら暇を持て余している。

南の島の船の旅はもっと陽気なものかと思ったら、案外と鹿児島へ向かう人の群は誰も無口なのだ。おまけに消灯の時間で大部屋も真っ暗。これでは持ってきた単行本も読めない。

超絶に暇なので「自由」について考えてみるのも私の自由なのだ。




飲み会などで

「なんかつまらなさそうな顔してるね」

となんてよく言われる。

つまらない訳ではない。
物凄く緊張してるのだ。

この飲み会の「自由さ」に。

周りの酔っ払いは、もっと自由に楽しめだの、酔ってストレス解消しろだの言うがそれこそ困惑してしまう。

一見、無秩序な自由さの中にも確かに存在するルール。それを察知する能力のない者は奈落の底に落とされ取り残される見えないルールある自由な「ザ・飲み会」。

いつも緊張しながら飲んでいる。

もっと正直に言えば、酔いたくないのである。ストレスを発散したくないのである。つまらなさそうにしていたいのである。本当に自由にしていたいだけなのである。

飲み会に行くと自分がいかに欠陥人間か如実に分かる。自分以外の人たちのバランス感覚と言うか臨機応変に対応する能力には本当に感心する。

かと言って私は複雑なミッションを遂行するソルジャーのごとく様々なコードを解読し、この「飲み会」を終わらせたいとも思わない。
やはり自由にしていたいのだ。
疲れたくない。


こんな私と相も変わらず付き合ってくれてる妻、少しばかりの友人に感謝します。ホントスゲーですよあなた達。




それにしても夜の船ってホント暇ね。

明日からは福岡の明光寺にお盆のお手伝いに行って参ります。

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by jackthin | 2012-08-10 22:51